二宮神社







社伝によれば、弘仁年間(810年~824年)、嵯峨天皇の勅命により創建されたという[2]。地名同様「三山」の名は古くは「御山」と見え、当社に起因する。三山氏が先祖代々神官を務めた[3]。
平安時代中期の『延喜式』神名帳には「下総国千葉郡 寒川神社」の記載があるが、当社はその論社とされている。また、下総国の二宮として朝廷からの崇敬をうけたという(ただし旭市の玉崎神社も二宮を称する)。二宮神社と呼ばれ始めた時期は不明であるが、乾元2年(1303年)銘の梵鐘(成田市祥鳳院蔵)に「総州二宮社壇」とあることから鎌倉時代にはすでにこの呼称があったとうかがえる。
天正19年(1591年)には徳川家康から朱印地10石を与えられたほか[1]、江戸幕府将軍からの寄進は幾度にも及んだ。安政5年(1858年)刊の『成田参詣記』では「三山明神社(みやまみょうじんやしろ)」の図の挿絵とともに紹介されている。
明治に入ると、近代社格制度において郷社に列した。明治43年(1910年)に若宮八幡神社と元摂社・阿波八幡神社を合祀した。
古来より「注連下」(氏子の区域)は21・3ヶ村(現在の船橋市東部・北部、習志野市、八千代市、千葉市西部)にまたがる広大な地域に達し、現在でも例祭などで、その影響力を見ることができる。
HP:https://ja.wikipedia.org/wiki/二宮神社_(船橋市)
購入したもの



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WEB
HP:https://www.ninomiya-jinja.jp/access
住所
千葉県 船橋市 三山 5丁目 20番 1号
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